ある夏の日だった。
 暑い太陽が万緑の緑を突き刺す夏。さっきまで近くにいたはずの親戚の子供達はいつのまにか、山の中の小川で楽しそうに水遊びをし始めている。僕は流石にそんな年齢ではないが、あのキラキラした水しぶきを見ているとやっぱり羨ましくなってくる。僕は縁側に座りながら右手にもった団扇を一扇ぎ。ヒュウ、と涼しい空気が顔の周りを駆け抜ける。しかしすぐにその涼しい風も熱に掻き消されてしまう。今日は本当に暑い日だ。ザブン。親戚の子の一人が川に全身を沈めていた。水面に時折顔を出しては、気持ち良さそうに笑っている。全身あの水の中に入ったら随分涼しいだろう。僕は微かに微笑を浮かべ、また団扇を扇いだ。子供に戻りたいなぁ、と率直に思ってしまう。小さい頃は早く大人になりたいとずっと思っていたが、いざ大人になってみるとあの頃の自由が羨ましい。空を見上げると巨大な入道雲が西の空に覗いていた。それ以外は真っ青の良い天気である。そのまま雲を見ていると、だんだんアイスクリームに見えてきた。フワフワとして甘そうで冷たそうだ。空を見上げていると頬を汗が一筋垂れていった。僕は左手で汗を拭う。
 そんな僕の隣に浴衣姿の優しい笑顔を浮かべる一人の女性が現れた。

「拓未さん、暑そうですね」
「ああ、四賀野さん」

 彼女は近所に住む二歳年上の四賀野 美癒さんで、名前の通りとても美しく優しい人だ。僕の小さい頃からの知り合いで、僕が都会へ進学しても帰ってくるたびに優しくしてくれる。彼女は暑そうにしながらも涼しげな雰囲気を纏っていて、このあたりの空気の温度が何度か下がったみたいに僕は感じた。
 彼女はしなやかな動きで僕の隣に正座すると手にもっていたお盆を差し出す。お盆には赤い夏の風物詩が乗っていた。

「どうぞ、これ、今年採れたものです」
「あ、本当に、ありがとうございます。僕だけじゃ食べきれないので四賀野さんもご一緒に……」
「あら、よろしいですか?では……」

 僕も勧めると彼女は嬉しそうに笑ってその赤い一切れを手にとった。僕も端の一切れを取り、口へと運んだ。フワッと口の中に夏の味が広がる。ああ、冷たくて美味しい。

「やっぱり、美味しいですねぇ」
「あら、ありがとうございます。今年は本当によくとれたんですよ」
「そうなんですか、そういえば雨の日が多かったですからねぇ」

 僕の言葉に彼女は麗しい仕草で目を細める。そして彼女は手元に視線を向けた。

「今日は格段に暑いですね。これは裏の川でずっと冷やしていたんです。冷えてますでしょ?」
「はい。 ……もうこの年では、水遊びも無理なのでありがたいです」
「ほほ、まだまだお若いのに……」と四賀野さんは上品に笑う。
「いえいえ、もうダメですよ。四賀野さんはいつまで経ってもお若いですね」

 僕は苦笑いでそう言うと、四賀野さんも微かに苦笑いを浮かべながら首を振った。

「そんなこと無いですよ、私ももうおばさんですから……」
「四賀野さんこそ、そんなことないですよ。やっぱり毎日、コレを食べてらっしゃいますから違いますよ」
「あら、拓未さん採ってらっしゃるんじゃないんですか?」
「最近は規制が厳しくて、難しいんですよ。今月はこれが初めてです」
「あら都会はやっぱり大変なんですねぇ、こちらの方では川から流れてくるのが多いですから」
「ここの川は特別、事故が多いですからねぇ」
「そうなんですよ、これも昨日採れたばっかりなんです」
「それで! なんだか新鮮だなぁ、と思ってたんですよ」
「やっぱり鮮度が高いほうが美味しいですよね。子供達も一週間前のを出すと文句が多くて……」

 そのとき、川のほうから「未癒ちゃーん!」という子供達の声が響いてきた。四賀野さんは「何かしら」と僕に呟いてから立ち上がり声のした方に視線を向ける。

「どうしたのー?」
「人、流れてきたよー! まだ息があるー!」
「あらあら……、ちょっと行って来ますね」

 四賀野さんはそういうと、慌てて台所のほうへと走っていく。僕は口に入ったものを咀嚼しながら、四賀野さんに着いていった。四賀野さんは急いで鉈を片手に、台所から出てくる。

「四賀野さん、僕が行って来ますよ」

 僕が手を差し出しながらそう言うと、四賀野さんはあらあらといった様子で「……良いかしら?」と言った。僕はニッコリと笑顔を返す。

「良いですよ、力仕事ですし、いつもお世話になっていますし」
「あら、本当にありがとうございます。いつも運ぶのが重くて大変なので、助かりますわ。私、コチラで準備して待っていますね」

 四賀野さんは本当に嬉しそうだった。確かにアレを女性一人で抱えてこの家まで運ぶのは大変だ。重いし、大きいし、何より服が汚れてしまう。僕は四賀野さんから鉈を受け取って玄関の方へ向かう。

「それじゃあ、行って来ます」

 僕は台所に入っていく彼女に手を振った。さあ、四賀野さんに良いところを見せるチャンスだ。僕は鉈を準備運動代わりにグルグルと回すと、サンダルを履き、川の方へ走る。沢で親戚の子供達が「拓未ちゃーん、ココだよ!」と手招きしている。僕は走っている勢いのまま鉈を振りかざし、そして川に倒れこんでいる人に向かって……。








「拓未さん、ありがとうございますね。今日の晩ご飯用に料理しますわ」
「ええ、美味しいですよ、きっと。今日取れたばかりですからね」












 人肉を食べる話。夏の風物詩が人肉。